◆ 2011年11月  ならは絆ウォーク

千葉 正広

10月には「復興」を合言葉に各地でいろんなイベントが行なわれました。
いわき市では10/1、10/2に21世紀の森公園で「いわき踊り市民復興祭」が、10/15、10/16にはいわき駅前で復興・街中コンサートがと、このように大小さまざまなイベントが行なわれましたが、私は「ならは絆ウォーク」に参加しました。昨年10月このPDK21通信にも記事を載せましたが、毎年10月にならは町主催で秋空散策ウォーキングが開催されるのです。
今年は原発事故により楢葉町が避難区域になった為、一時住民の多くが会津の美里町に移住していたこともあり、会津美里町で開催されました(現在はいわき市の仮設住宅に住民の多くが避難している)。美里町とは3つの里(本郷町・高田町・新鶴町)が合併して出来た町であり、3つの里にかけて、美里町となったようです。
焼き物の本郷焼、高田町の高田梅、新鶴の薬用人参とそれぞれが特徴を持っています。

昨年は素晴らしい秋晴れの中で、開催されましたが、今年は小雨の中での決行となりました。いわきから会津美里町まではバスで行きました。朝6時、いわき市にある仮設住宅及び、いわき明星大学からバス12台に分乗して出発しました。朝の挨拶の1コマ、「しばらく」、「元気でいたか」、「生きていたか」、「やっと会えたな」、と中には涙を流しながら、手を握り合い、肩を抱き合い再開を懐かしむ挨拶のオンパレード。これは朝の挨拶に始まり、バスの中、ずっとでした。会津美里町に着いても7か月振りに会う住民の挨拶は言わずもがなでありました。
高田町のお寺では徳川3代に仕えた天海僧正(偉いお坊さん)の話を聞いてきました。
大変長生きをした人で、徳川家康のよき相談相手だったとのことです。
ある時、三代将軍家光から柿を拝領した時のことです。天海は食べ終わった柿の種を丁寧に布に包んで持ちかえろうとすると、家光が「百歳になろうという老人が無駄なことを」とからかうと、天海は「天下を治めようという人がそのように性急ではいけません」と答えたそうです。数年後、天海から家光に柿が献上されました。家光が「これはどこの柿か」
と聞くと「先年、拝領した柿の種が実をつけました」と答えました。それを聞いた家光はあらためて天海を見直したそうです。
その他いろいろなところを見学しながらウォーキングを楽しみ、スタート・ゴール地点のせせらぎ公園で、ならは名物「マミーすいとん」を御馳走になり、帰路につきました。
この日1番思ったことは、何よりも離れ離れになった住民があの故郷に帰れる日はいつになるのであろうか。
人間の絆をあらためて強く感じた感動の1日でした。

さて当社は、原発の影響で3/11から4ヶ月間休業を余儀なくされ、7/16工場を再開したことは前月このブログで報告しました。工業団地の企業も大方が再開し、当社も復旧・復興に向けて全社一丸となって奮闘しているところですが、町に戻った広野町民はまだ一握りです。
町に人が戻ってこなければ町も企業も活気を取り戻すことができません。
10/31(月)10月の最終日に、広野工業団地にある富士フィルムファインケミカルズ㈱の第2工場竣工にともなう安全祈願祭及び広野復興祭が開催されました。広野工業団地では15社中11社が営業を再開しており、この復興祭に招待されました。広野町の山田町長に続き、私が立地企業協議会を代表して挨拶しました。その1文を紹介します。

「皆様こんにちは。千葉でございます。
僭越ではございますが、立地企業会を代表しまして一言お祝いの言葉を述べさせていただきます。
本日は広野第2工場竣工安全祈願祭、まことにおめでとうございます。
かつ広野復興際を開催されますこと、重ねてお祝い申し上げます。そしてこの復興祭にお招きいただきまして、大変光栄に存じます。
私は隣のいわき市に住んでいるものですが、この広野町が大好きです。
高速道路のICを出るとすぐ目の前に太平洋が広がります。緑の山々、美しい町並が眼下に広がり、まさに東北に春を告げる町です。
広野町立地企業会に入り、素晴らしい仲間がいっぱい出来ました。特に富士フィルムファインケミカルズ㈱の秋田課長さんには大変お世話になっております。
3・11以降、広野町の復興・会社の再建に向けて情熱をもって取り組んでおります。
その熱意に心から敬意を表したいと思います。
私は、この素晴らしい環境の中で働けることを本当に誇りに思っております。立地企業会の素晴らしい仲間と出会ったことで、益々広野町が好きになりました。

今日は町長さんもお出でになっていますので、お願いしますが、広野町の役場も早くこの地に戻って、町全体が復興できますよう、以前にもまして活況を呈するよう、音頭を取っていただきたいと思っております。

よく福島の再生なくして、日本の信頼回復はないといわれております。
また福島県は広野町の再生なくして、福島の信頼回復はないのであります。
早い話、広野町の再生なくして、日本の信頼回復はないのであります。

私共もリーディングカンパニィーであるところの富士フィルムファインケミカルズ様のご指導を仰ぎながら、広野町の復興に向けて、先頭集団を走っていきたいと思っております。
どうかよろしくお願い申し上げます。
立地企業会の益々のご繁栄、そして皆様方の益々のご健勝をご祈念申し上げ、挨拶といたします。ありがとうございました。」
ざっとこんな感じで挨拶をした次第です、広野町の復興を願って。
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