◆ 2014年03月  大雪の後日譚

矢浪 裕志

 毎年3月になれば暖かく過ごし易い日が来ます。先月に雨も雪も降らないと書きましたが、2月8日に数十年ぶりと言う大雪になってしまった太平洋岸。その日は大型の中古印刷機の搬入日になっていましたが、午前中だったので、問題はありませんでした。夜半まで降り続いた様で、翌日広野工場に行って驚きました。工場前の道を雪上車のような物で雪かきしたみたいで、門の前が雪で盛り上がっていました。門も閉まっていて扉を開けるのも雪を除けないと動かないのでひと苦労でした。そこから雪かきを始めましたが、ひとりじゃとてもじゃないが進まない。応援をと思ったが日曜日、息子の社長を何とか呼び出し来て貰った。こぶつきで嫁さんと孫と一緒でした。3時過ぎまでやっと通り道が確保できただけでした。雪かきは重労働でとても疲れる、雪国の苦労が身にしみます。翌日の月曜日従業員用の駐車場は自分の場所が分らず止めるのに一苦労していました。ところが隣のE社の協力会社がスコップやら、1輪車やら果ては重機やら、1時間程度で駐車場の雪をかいてくれました。人海戦術は見事なものでした。目を見張るものでした。誰も我社から依頼してわけではないのですが、ご親切に、感謝申し上げます。前日一人で自ら雪かきをしていたので、恐らく見かねたのだと思いました。

 翌週の14日は夕方から横浜でも大雪に再度見舞われました。帰宅日でしたので広野工場を早めに出ました。途中の日立、水戸などは雪が降っていなくて、くるまの交通量は少なく快適でした。恐らく大雪警報が出ていましたので、控えた車が多かったのだと思います。東名に入る頃から雪が多くなって来て、川崎インターで降りました。7日にスタッドレスタイヤを履いたので自信があり、前を雪道に不慣れな車が走っていますが追い抜くわけにもいかず我慢していました。翌日朝はまだ降っていて、くるまの上は40センチほど盛り上がっていました。本社に行く都合があり、雪かきを1時間ほどしましたが、それが原因でインフルエンザB型になったようです。雪山では汗をかく前に休憩を取り、身体を冷さないようにしないと体力が弱まるようです。翌日のNHKのTVで放送していました。見るのが遅かった。

 和歌山城は天正13年(1585)羽柴秀吉が紀州を平定し、弟の秀長に命じて岡山(虎伏山)の峰に創建したのが始まりでした。駅からバスで3ブロックほどのところに今は公園になっている城の天守閣に登って来ました。ものづくり補助金の対称設備“画像検査機”立会いで和歌山に行ってきました。いわきから深夜バスで大阪の天王寺に出て,JRの特急で和歌山のコースを予定していましたが。雪の影響でいわきからのバスが運休になってしまいました。仕方なく常磐線で上野に出てその日は横浜の自宅で泊まり、翌日新幹線で新大阪、和歌山のコースにしました。12日現在こちらは殆ど雪が残っていませんでした。

 孫娘のひな祭りを娘の作ったチラシすしでお祝いしました。ちなみに雛飾りは私がプレゼントしました。