◆ 2005年07月   梅雨あけましたか

矢浪 裕志

 いよいよその日が来ました。6月17日より広野工場へ赴任しました。2、3日前から慌しく、後で足らない物が多々ありました。特別急ぐ事はないのですが、ないと不便な物が結構あることに気づきました。

 今回の転勤は一大決心でした。会社の代表者が本社を差し置いて、工場に転勤するなんて事が有るのだろうか。決心するまでは自問自答を繰り返しました。現状ではいけない。自分がやらなければ。自分の思いが伝えられない。変えられない。今しかないという思いが次の詩に表されております。

 『わが胸の燃える思いに比ぶれば煙は薄し桜島山』
 年齢的にも私的な生活面でも後押しされているように感じました。長女の就職、長男の就職活動(今現在決まっておりませんが来年就職予定)、次男は大学2年生ですが、本人なりの生活をしております。子供達は既に親の手を離れていて自分だけが、離れるのはまずいと思っていただけなのかもしれません。この話は正月開けの家族会議で説明をしました。

 後は会社の組織をどうするか、今年になってそれを重点的に考えました。
それが、広野工場改革計画であり、業務の製造指示書手配から商品の出荷までを広野工場で一貫作業としてやるということです。当然設備もしなければならないし、設備資金も用意しなければならないし。資金繰りも計画しないとならない、考える事、やらねばならないことが多くありました。転勤までに腰も直したいと、佐藤治療院と青葉台近くの蛸壺治療とマッサージにも通いました。

 29日にNCの外形加工機が搬入されます、一連の設備関連はこれで終わります。これらと人を使って大いに活躍出来る環境を整えなければなりません。色々な思いが駆け巡って多少混乱気味ですが整理して38期改革計画に全力を傾注いたします。ご期待ください。