矢浪 裕志

 あの日から5年が過ぎました。TV・新聞等の報道で連日出ているのでこれでもかの感は禁じえません。広野工場は福島第一原子力発電所から22kmくらいのところなので当事者にあたります。その数年前の阪神淡路大震災は今では人事の感じがしてしまいます。当事者やその関係者を除けば、北海道や九州もそうでしょう、大阪名古屋もそうかもしれません。総理大臣は福島に寄り添うといっていますが、とぼけたあの復興大臣では寄り添うようには思えません。口先だけです、拉致問題と同じです。関心があるのは改憲だけでしょう。日経新聞連載“私の履歴書”でアイリスオーヤマの社長が書いています。『復旧は速やかに、復興は時間をかけて』が私の考えだ。仙台平野は津波で多くの住宅や農地を失ったが、仙台東部道路が防潮堤となり被害を食い止めた。この教訓を生かし海岸線から1kmに盛土方式の道路を作り産業用道路とし、海側は自然公園やスポーツ施設作ればいい。100年しか強度が持たないコンクリートの防潮堤を建設し海岸線の景観を潰すよりも、陸側に逃げ道を作ってこそ、復興予算が国土作りに生きる。そんな経営者の発想は理解されなかった。結論を正直に言うと、国を相手に物を言うことには虚しくが残った、と書いていました。 朝日新聞9日“思想の地層”に小熊英二氏が東日本大震災の復興費用には、10年間で計32兆円が見込まれている。これは被災者1人あたり約6800万円相当する。だがその多くは建設工事に使われ、被災者の生活再建に直接支給されるのは約1%に過ぎない。今私が住んでいるマンションは8階建てでいわゆるリゾートマンションです。目の前の海岸線に防潮堤をこしらえて1階は海が見えなくなるようです。たかだか以前の防潮堤に比べ1m高くなっただけの防潮堤に何百億?の予算付けられている。ある会合でいわき市の職員と同席したことがありこの件を正したことがありました。この予算は復興資金いわゆる国の予算なのだそうだ。丁寧なことに以前の防潮堤は破壊しています。使い方が一般人、経営者目線になって成っておりません、もったいないことです。

 23日に郡山の“ビックパレット福島”で山林火災対応ロボット(がんばっペ1号)の発表会が行われました。

 3月22日からの一週間は酷な事になりました。微熱から本格的な熱になり29日なって漸く通常の体温35度に戻りました。38度になると食欲もなくほとんど食べられません。24日には追い掛けるように“帯状疱疹”に罹りひどい目に有っています。これが痛くてよく眠れないことが続きましたが、なんとかピークは過ぎたのでは無いかと思っています。こんな時は健康の良さが改めて分かります。唯一収穫は体重が58キロの目標達成の体重になったことで。折角の桜の時期なのに余裕がなくもったいないことです。

手前の柵の所が旧防潮堤
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市ノ坪のGS驚きの値段
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カメラを向けるとピース
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太一君誕生5人目
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新しい防潮堤
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