◆ 2009年11月  京都・能登そして富山から広野へ

矢浪 裕志

 先月京都に行ったと書きましたが、又行って来ました。今回は純粋に仕事だけの用事、しかも夜中の12時過ぎに京都に着き午前10時には用事を済ませて次の目的地、石川県の羽咋郡(はくいぐん)志賀(しか)町富来(まちとぎ)へ向かいました。12日は3連休の最終日なので夕方に出かければ10時頃には着くだろうと考えていました。甘かった!休日千円を使う人達が多く静岡で渋滞40Kの表示、断続的に何箇所かで渋滞にはまり京都に着いたのは日付が変わっていました。高速道路無料化の民主党案が支持されていないのは、渋滞のとろとろしか走れないイライラする気持ちと、たまにしか乗らないせいだと思います。毎日が無料ならば千円の日を目指さなくて良くなるので、今のように千円の日に集中しなくなるので渋滞もバラけるはずです。地方などは高速が込むのだったら平行している国道なり地方道を走ればよいので、時間がたてば慣らされてくるはずです。

 富来は能登半島の真ん中当りの日本海側に位置します。風が強いのか風力発電用の風車が7基ありましたが、見る限り回っていないように見えました。次の日午前11時過ぎ加工の済んだ品物を車に入れてそこを出ました。氷見を通って峠越えで富山にでました。外形の型を作る協力会社があるのを思い出し、携帯から電話してからその工場へ行きました。担当者が来客中だったので、顔を出しすぐにいなくなり、社長自らが案内して見学させてもらいました。感謝! その後午後3時半頃富山から高速に乗り3日間の合計は四倉までの全距離、1430Kありました。午後の8時過ぎると高速料金が30%安くなるので、時間を調整しながら普段走るよりゆっくりと、8時30分頃何とか到着しました。

 その前に行った京都は我社のメインバンクであるS信金の信友会と言う親睦団体の旅行でした。30名弱の会員が新横浜から新幹線で京都まで行きました。京都は何回も行ったことがある人が多いのでその日は自由行動でした。今回の特徴はお茶屋で宴会をすると言うのがメインでした。四条河原町から直ぐの宮川町にある“桝家”なる文化十三年(1816年)の創業以来約二百年もの歴史をもっている由緒あるお茶屋だそうです。舞妓さんや芸妓さんが来るまで飲物は飲んではいけなくて、彼女らが注ぐまではお預け状態でした。15分ほど待たされて舞妓さん3人芸妓1人三味線のお姉さん1人がやって来て宴会の始まりです。3人とも地元の生まれではないのですが京都弁を話します。初めに付いた舞妓はんは千葉県生まれだと言っていましたので何か違和感がありました。さすがに年季の入った三味線のお姉さんは言葉を聞いていて惚れ惚れする話し方でした。宴もたけなわお茶屋遊びを舞妓さんと殆ど全員が経験しました。2時間ほどの遊びでしたが良い経験をさせて貰いました。今でもお茶やが7軒も有るそうですが、それだけ需要があるという事なのでしょうか・・・・・自腹で行く人は多いとは思えないのだが、一見さんはお断りと聞いていましたので、此処のように観光客の需要でまかなっているのでしょうか。舞妓さんの髪型は自分の髪の毛で、芸妓になるとかつらだそうです。昔ながらの箱枕で寝ていると言うのが1番印象に残りました。髪型が崩れないようにするのが大変らしいです。
お疲れ様です!