矢浪 裕志
文書のタイトルをつける時、季節を感じる言葉を無意識の内に付けたがります。それは我々日本人が生まれた時から、心の機微に染み付いてしまった季節感を表現したいからなのだろうと思われます。
それに比べて中国で起きているデモは日本を標的にして一種の騒乱状態を作っています。中国の警察は見ている限り黙認しているようで、工場、商店の略奪や放火などが見られています。莫大な損害が出ているようだが、責任を問わないのだろうか。逆に見て、日本の国内にある中国の工場や商店などが放火されたり略奪にあったら中国の新聞やテレビは大騒ぎなのだろう。10月に予定していた“いわき地域ものづくり企業海外販路開拓支援事業中国(アモイ)”が延期になりました。我社にも確実に影響が及びました。
今回の東日本大震災による福島第一原子力発電所による放射能汚染は広野工場にとって今後とも何をするにも付いて回りますし、常に関心を持っております。中間的な総括としての“事故調”の報告書も何冊か読みました。読みましたが、ではこれからどうしたらいいのかと答えを出したのはこの本だけ思われます。大前研一の『福島第一』事故検証プロジェクト最終報告書 “原発再稼動最後の条件”から引用します。
『福島第一原発事故は、日本の国土と国民に再起不能かと思わせるような甚大な傷を残しました。これからもその傷が癒えることはないかもしれません。事故直後に、原発廃絶の声が一気に沸き起こったのも、ある意味では当然の反応だったと言えます。しかしこの様な事故があったために、すべての原発を今すぐ永遠に廃棄すると言うのは“敗北思想”以外の何物でもありません。少なくともここで完全撤退したのでは、科学技術の進歩はありません。福島第一原発事故から何も学ばなく目もつぶってしまったのでは、悲惨な経験を生かすことなく終わってしまいます。日本の原子力を司る政府組織は、まったく機能しなかったことがはっきりしています。しかし、原子炉を作り、運転していく技術では、日本は依然として世界最高水準にあります。今回も、その技術陣が多くのことを学びました。これを生かしていくのか、捨て去ってしまうのか、日本の持てる貴重な“資源”ゆえに、大切な議論が残っています。本報告書を読んでいただけたら、実は福島第一原発の事故原因を知れば知るほど、再発防止は充分可能なのだ、という信念が生まれてくるのではないかと思います。事故がつらく悲惨な経験であればあるほど、それを教訓として、どんな事態が起きても確実に冷温停止できるような原発技術を生み出し、日本の産業として、あるいは日本のエルギー源として伸ばしていくという勇気を持てるかどうか・・・それが今問われているのです。』
9月26日に原子力災害現地対策本部長の柳澤産業経済副大臣が我社に来られました。経済産業省12名ほどと広野町役場から6名ほど増改築した食堂が在ったので何とか座って話をすることが出来ました。訪問目的は企業概要の説明、意見交換、特に原発事故後の操業再開したこと、要望事項など。工場見学は時間切れでカットされました。5Sの為には良かった。副大臣の話を聞いていると期待は持てました。期待どおりかはまもなく分ると思います。
ただ元総理大臣が出るのだけは止めるべきです。見苦しい。と先月書きましたがその人が自民党総裁になってしまいました。自民党には人材がいないことがよく解りました。総裁選挙の立会演説を断片的に聞いていると、あんな強気な事を言って大丈夫なのかと心配になってきます。
川異研(川崎異業種研究会)の分科会で我社の紹介をしました。折角なので新社長にプレゼンをして貰いました。溌剌とした若さで良かったと思います。