◆ 2013年03月  うめにうぐいす

矢浪 裕志

 今年の冬はスタッドレスタイヤをはかずに済みそうです。大雪の降った1月14日は運良く香港に出発した日、その日は雨でした。強く降っていました。雲を突き抜けると太陽が拝めるので降っているのを忘れてしまいます。その後1回雪になりしたがなんとか走れました。まだ寒さは続きますが、どうなることやら、北海道は大雪で悲惨な結果になりました。出かけるのも命懸けという事です。といっても春の訪れは感じられます。朝晩の陽が長くなっています。零下になる日もありますが、陽のあたるところは暖かく感じます。梅も咲きました。鶯も鳴いています。春が待ち焦がれます。本社の近くにある東福寺の梅の木に鶯らしき鳥が2羽止まっていました。その時のスナップショットも掲示しました。

 広野工場の前にホテルが出来ました。“バリュー・ザ・ホテル広野野”2月1グランドオープンしました。一般旅行客が泊まるわけではなく、福島第一原子力発電又は第二原子力発電の廃炉に向かっていつ終わるとも知れない作業などに従事する人用の長期滞在型の、言うならば飯場に近い用途でしょう。流行っているように聞いています。住民の帰還はまだ少ないのですが、東電関連の作業員が広野町では多く賑わっています。気がつくとラーメン屋もカレー屋も開店しました。

 田園都市線の宮崎台駅そばにある『電車とバスの博物館』へ行ってきました。入場料金はひとり100円なりでした。若い夫婦連れの中に希にいる年寄りの中に入り娘と孫と楽しんできました。1時間もいれば見るところも、することもなくなります。それぞれに体験できるのですが、3歳程度だと自ら運転することが出来ないためすぐに飽きてしまいます。模型の電車が走ってくるとそれを見に走っていく仕草が微笑ましく見えます。

 まもなく東日本大震災の2周年を迎えます。久しぶりにボランティアI氏の報告を転載致します。

 私の東日本大震災覚書=其の23(2013.2.7.~14)  2013.2.28. k=石見

 東京へ帰って半月になる。ヤット、気に成っていた覚書23が書き上がりました。ここ2、3回は遅れ気味に成っている。もうすぐ二年に成る覚書も何時かは消滅する運命にあるのか。

 時系列に記す。
2/7、9:30に家を出て阿部竹二郎さん宅に18:50到着。安く行こうとすると9時間半位かかる。新幹線だと4時間位速いが約7,000円も高くなる。70才を過ぎて急ぐ事も無かろうと考えている。

 半島は風が強く、外へ出るのが嫌に成る日が続く。今回、初めて泊浜、新山浜へ行ってみる。初めての所は聞く人を捜すにも苦労する。全体が見えなかった。資料によると泊浜は60世帯、168人、新山浜は34世帯、101人の漁村。5月で牡鹿半島へ通って丸二年に成るが未だ半島の全漁村の漁師とは話していない、ワカメ収穫が終わったら半島の全ての漁村を廻り其処の漁師と話してみるか。

 小渕浜の岸壁ではワカメを生のまま出荷している漁師が数軒仕事をしていた。其の一軒から貴重な旬のメカブを頂戴する。コンビの広場で久し振りの炊き出しと出会う、熊谷から来てのサービスとの事。感謝をこめて浜で貰ったメカブを贈呈。

 蛇田の空家で開かれた、栗原市の岸波牧師の聖書輪読会に人に誘われて初参加、2時間中チンぷんカンぷん。此れも大事な経験。
 阿部竹二郎さんの孫・勇希君の誕生日祝いに招待され参加。
 阿部ちよの(90)さんを町立牡鹿病院へ送迎。病院は年寄りの社交場であると実感し、大事な場であると思う。

 小渕浜は3月からワカメの収穫作業が始まるが作業員不足で多くの漁師が困っている状態。東京でボランティアを募り小渕浜へ行こうよと呼掛けているが思うように行ってないのが現状。めげずにボランティアの募集をしていますのでご協力下さい。